2009年12月17日

グーテンベルクの印刷物

1455年、フストとグーテンベルクは二巻本のラテン語聖書を完成させた。15世紀の記録にはその値段は「二冊で100グルデン」であるという。(「グーテンベルク聖書の行方」、p83)当時の物価で平均的な労働者の二年分の賃金にあたるほど高価なものだったが、それでも写本に比べれば安価であり、写本が一冊をつくるのに一年近くかかることを考えれば大量生産につながる画期的な事業といえた。

1455年に印刷された『グーテンベルク聖書』(行組から『四十二行聖書』と呼ばれる)は完全な形で世界に48セット残っており、ドイツ、イギリス、アメリカ合衆国などに保管されている。日本では慶應義塾大学が所蔵しているが、これはアジアで唯一のものである。グーテンベルク聖書は写本を模して作られたため、後の印刷物のスタンダードである要素を多く欠いている。たとえばページ番号、語間の空白、インデント、段落間の空白などがまだ見られない。2003年の時点で、羊皮紙に印刷された旧約・新約聖書が完全なものが4部、不完全なものが8部ある。紙に印刷されたもので完全なものが17部、不完全なものが19部で合計48部になる。

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グーテンベルクがフストと共同で印刷したものは以下のようなものが知られている。
『ドナトゥス文法書』(1454年) 中世から近代に至るまでもっともよく用いられたラテン語文法書。4世紀のローマ人でヒエロニムスの師であったアエリウス・ドナトゥスの著作。
『贖宥状』(1454年) 三十行。ニコラウス5世がトルコへの戦いに功あるものに示したもの。
『四十二行聖書』(1455年) いわゆる『グーテンベルク聖書』。180部ほど印刷された。
『マインツ詩篇』(1457年) コロフォンにはグーテンベルクの名前はないが、計画の途中までかかわっていたと考えられている。
他にグーテンベルクが自らの工房で印刷していたものとして以下のものがあげられる。

『贖宥状』(1454年) 三十一行。ニコラウス5世によるもの。
『トルコ暦』(1454年) トルコに対する戦いへの協力をよびかける教皇ニコラウス5世の書簡。

2009年12月01日

カボチャ

カボチャ(南瓜)とはウリ科カボチャ属の総称である。また、その果実のこと。原産は南北アメリカ大陸。果実を食用とし、カロテン、ビタミン類を多く含む緑黄色野菜。
「カボチャ」という語はポルトガル語の「Cambodia abóbora」(カンボジャ・アボボラ、「カンボジアのウリ」の意)の後半が略されたもの。逆に前半を略してボーブラあるいはボーボラと呼ぶ地方もある。南瓜の漢字は中国語の南瓜(ナングァ )に由来する。唐茄子(とうなす)、南京(なんきん)という呼び名も使用されることがある。

なお、北米では果皮がオレンジ色の種類のみがパンプキンと呼ばれ、その他のカボチャは全てスクァッシュと総称されるため、日本のカボチャは「カボチャ・スクァッシュ」と呼ばれる。オーストラリアなど他の英語圏ではこの限りではない。
栽培されているのは主に次の3種類である。
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西洋カボチャ C. maxima
アンデス山脈高地の冷涼な土地で栽培化された種で、主に大型のカボチャがこれに含まれる。現在日本で広く栽培されているカボチャは西洋カボチャである。花梗はスポンジ状で膨れており、畝は無い。果肉は粉質で食感はホクホクとして甘みは強く、栗カボチャとも呼ばれる。
東洋カボチャ C. moschata
メソアメリカの熱帯地方で栽培化された種で黒皮南瓜や鹿ケ谷南瓜のような日本カボチャ、バターナット・スクァッシュがこれに含まれる。
ペポ種 C. pepo
北米南部の乾燥地帯で栽培化された種で小型のカボチャ、ドングリカボチャ、キンシウリ(ソウメンカボチャ)などがこれに含まれる。果実の形や食味に風変わりなものが多い。ハロウィンで使われるオレンジ色のカボチャはペポ種である。なお、ズッキーニも同種である。

2009年11月27日

偶像排斥運動

偶像崇拝を否定する宗教では、他宗教の偶像・聖像に対してきわめて否定的になり、それを破壊することがある。

イスラム共同体(ウンマ)がマッカ(メッカ)を征服したとき、預言者ムハンマドがカアバ神殿に置かれていた神像を偶像として自ら破壊したといわれる。

現代における聖像否定の極端な例は、アフガニスタンのターリバーン政権によるバーミヤーン石仏の破壊である。これには、全世界からターリバーン政権への非難が集中した。が、さらに追い討ちをかけるような事が起こっている。ターリバーン政権はこの破壊行為の後、「バーミヤーンの石仏の破壊行為が偶像の破壊なら、博物館に展示されているヒンドゥー教の神像も総て破壊しなければならないではないか」とイスラム圏諸国からも非難された。これに対してターリバーン政権は、「アフガニスタン国内に、仏教徒はいないが、ヒンドゥー教徒はいる。信教の自由を保障するためにも、ヒンドゥー教の神像は破壊できない」と返答したため、全世界からますます怒りとひんしゅくとを買う羽目になった。この事からも、ターリバーンの聖像破壊運動は、御都合主義的な要素を含んでいる事は明白である。

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またイスラム諸国では、ムハンマドの像を描くこと自体をその像(およびムハンマド)を崇拝するかどうかとは関係なくタブーとしており、その要求はイスラム諸国以外の国にも及んでいる。デンマークで起きたムハンマド風刺漫画掲載問題ではとても崇拝しているとはいえない形でムハンマドの像が風刺漫画として描かれたが、デンマークは国内のムスリムやイスラム諸国から強い抗議を受けた。

2009年11月13日

庶民院(下院)

1707年のイングランドとスコットランドの合同後、貴族代表でない場合に、スコットランド貴族は、庶民院における議席を占めることはできなかった。しかしアイルランド貴族は、1801年以後、同じ問題に対して簡単に諦めなかった。その結果、アイルランド貴族で貴族代表でないものは、その貴族特権を放棄するならば、グレートブリテンの選挙区に立候補することができると定められた。どの様な状況であっても、アイルランドの選挙区を代表することはできなかった。スコットランド貴族全てが貴族院に参加する権利を認めた、1963年の貴族法は同様にアイルランド貴族全てが連合王国のどの選挙区からでも下院に参加することを許し、アイルランド貴族は、下院の議席を得る前にはその貴族特権を放棄する必要もなくなった。
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1999年の貴族院法案通過の間、貴族院改革に関する議論は継続し、法案は貴族院改革の最初のステップとして成立した。生まれにより議会に参加する権利があると言うことを支持する人は少ないため、決まった人間だけによる議会は、民主主義の環境において満足のいくものではないことを示していた。「ウェザリル」改正―庶民院の議長であるバーナード・ウェザリルが提唱したためそう呼ばれている―は、貴族院改革における最初のステップでは、世襲貴族のごく一部を貴族院のメンバーとして残すことを提案した。これは、任命された一代貴族の制度を吟味すると言う、次のステージにおいて注目された。法案の通過を遅らせない代わりに政府はこの改正に同意し、これは1999年の貴族院法の一部となった。それにより92人の貴族が残ることを許された。92人の貴族は3つの異なるグループより構成された。15人の「常任上訴貴族」は下院副議長と副議長から構成され、これは議会で選ばれる。さらに、75人は政党と無所属議員として、政党やグループにより選ばれた。加えて、2人の指名があった。グレート・チェンバレン卿は議会における女王の代理として選ばれ、紋章院総裁は、議会の開催の発表の様な式典における責任がある。

2009年11月02日

消費者の健康に対する関心は

消費者の健康に対する関心は非常に高く、消費生活センターに寄せられる食品成分の問い合わせとしては、味噌汁の塩分や清涼飲料水の糖分やカルシウム、ビタミン、食物繊維、オリゴ糖、DHAなどについてのものが多い。

2001年には日本でもBSE(狂牛病)が発生したが、消費者の多くは狂牛病はヨーロッパでの出来事で、日本では発生するとは思っていなかったので、非常なショックを憶えた。

2000年にJAS法が改正され、すべての生鮮食品に原産地表示が義務づけられた後も偽装表示が後を絶たず、輸入肉を「鹿児島産」と表示するものや、輸入肉を8割も混入しているロースハムやベーコンを「国産」と表示するもの等々が後を絶たなかった状況では、消費者は食品の表示を信頼することはできなくなった。

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七色の虹
終わらない冒険
渋谷でスポーツ杯
春菜の嘘も方便
小さなつぼみ
小夜の器用貧乏
笑い虫
心愛のティータイム
新しい未来へ
真弓の政治に注目
人生のハードウェア
世界バリバリ
アヒル隊長
日本の物語
あの付く言葉
熊本の湯めぐり
太陽のお話
海のお話
2007年に偽装表示の問題が相次いだ結果、価格よりも原材料等の表示を注視するようになった、といった姿も報道されている。

重要なことは、消費者には、国や自治体が消費者の権利を擁護するための法的、行政的なシステムを完備することを要求する権利がある、ということである。消費者は、日本政府に対して、食品衛生法を整備し、食品衛生行政体勢を完備することを要求する権利を行使してよいのである。消費者が偽装表示を見破ることは不可能に近い。とすれば、日本の政府が法律的、行政的なシステムを完備して、国民・消費者を守るほかはないのである、とも言われる。消費者の食の安全が守られることを要求する権利こそは、食品の安全性確保のためのシステム形成のために必要な重要な権利である。

2009年10月23日

日本の廃墟ブーム

1970年代[要出典]から鉄道ファンの一部に廃線跡をたどる廃線マニアと呼ばれる者がいた。廃線巡りは現在も、鉄道マニアなどによって行われている(廃線巡りを熱心に行うマニアは、昨今の鉄道ブームにより「廃鉄」とも呼ばれる)。また中には、1980年代ごろのレトロで懐かしい物への回帰する流行が見られると同時期に、廃墟へも関心も高まった。1990年代以降、廃墟となった施設、学校、病院、鉱山などの跡を訪ねて回る廃墟マニアが増えてきており、『廃墟の歩き方』(2002年)といったマニュアル本やWebサイト、DVDなども、人気を得ている。彼らは、

廃墟化した建物が持つ特有の雰囲気に魅力を感じる者。
廃墟となった施設が使われていた頃の様子を想像し、愛着を感じる者。
探検感覚で廃墟を探索する者。
旧式のドアの取っ手や、水道の蛇口、照明器具などの収集の目的を持っている者。
などに大まかに分類される。
海のお話
ステキな星座
季節のこよみ
産業とは!
お茶だ百科
安土桃山時代
アロマの木
惑星のお話
秋田の情報
循環器事典
生命の誕生
日サロ体験
牛の生涯
空手道
病理学
ベジタリアニズム
クロマトグラフィ
アーチェリー
ボブスレー
グラフィックデザイン

廃線関連の本としては、堀淳一『消えた鉄道 レール跡の詩』1983年あたりがはしりであろう。その後ネコ・パブリッシング刊の月刊鉄道誌『RailMagazine』の連載『トワイライトゾ?ン』(1992~)によって、廃線後のみならず廃車体等にも目が向けられ、鉄道廃墟への関心が一気に高まっている。廃墟ブームのはしりとしては、宮本隆司『建築の黙示録』1988年、久住昌之、滝本淳助『東京トワイライトゾーン タモリ倶楽部』1989年、丸田祥三『棄景 廃墟への旅』1993年などが考えられる。廃墟ブームを生む下地として、赤瀬川原平らによる超芸術トマソンから路上観察学への活動も存在した。 (久住、滝本は赤瀬川の流れを汲む) 。

2009年06月22日

バイオインフォマティクス(Bioinformatics) とは

バイオインフォマティクス (Bioinformatics) とは、応用数学、情報学、統計学、計算機科学などの技術応用によって生物学の問題を解こうとする学問である。生物情報学とも訳される。

主な研究対象分野は、配列アラインメント、遺伝子発見、ゲノムアセンブリ、タンパク質構造アラインメント、タンパク質構造予測、遺伝子発現とタンパク質間相互作用の予測、進化のモデリングなどである。

近年多くの生物を対象に実施されているゲノムプロジェクトによって大量の情報が得られる一方、それらの情報から生物学的な意味を抽出することが困難であることが広く認識されるようになり、バイオインフォマティクスの重要性が注目されている。
伝統芸能
闘牛
フライングディスク
アルバイト
バトントワリング
エネルギー
スキューバダイビング
百日咳
サッカー
離乳食
中国のお茶の歴史
人体と細胞
消化器系事典
ステキな星座
華麗な花嫁
夏に咲く花情報
癒しの国
日本のお茶
けの付く言葉
ワインカラー


さらにマイクロアレイなどの網羅的な解析技術の発展に伴って、遺伝子発現のプロファイリング、クラスタリング、アノテーション(注釈)、大量のデータを視覚的に表現する手法などが重要になってきている。こういった個別の遺伝子、タンパク質の解析等から更に一歩進み、生命を遺伝子やタンパク質のネットワークとして捉え、その総体をシステムとして理解しようとするシステム生物学という分野もある。

たとえばヒトゲノム計画では、ある配列断片から順番に配列を解読する手法が考えられていたが、クレイグ・ベンターらによるショットガン法により遥かに高効率で解読が進められるようになった。ショットガン法はゲノム配列をバラバラな短い断片に分断してそれぞれを解読し、その後同一の配列を重複する領域として並べ替えることによってゲノム配列を再現するが、多くの断片がある中で正しい並び方を決定することはコンピュータの計算能力がなければ不可能である。このような元の長い配列を再現する計算は配列アセンブリングと呼ばれ、バイオインフォマティクスの中でも重要なテーマの一つとなっている。

2009年06月04日

政党(せいとう)は、共通の政治的目的を持つ者

政党(せいとう)は、共通の政治的目的を持つ者によって組織される団体である。政党に加入して活動することを入党(にゅうとう)、政党から脱退することを離党(りとう)という。

政治において政策や主張に共通点のある者同志が集まって、意見の集約と統一された政策の形成を図り、政策の実現に向けての活動として、政権を担当もしくは目標とし、議会の運営の基本単位になるなどを行う組織または団体のことを指す。

公職者を送ることを手段とするかどうかによって、様々な圧力団体(利益団体)や市民団体と区別されるはずだが、実際には明確な線引きは不可能である。日本では法的には労働組合である日本労働組合総連合会が、参議院に議席を保有していたことがある。

近代政党の起源
議会が存在しなかったり選挙権が制限されていた国で、政治体制の改革や革命を企てた政治結社にある。
初期の議会にあり、議会運営のための派閥が一時的なものから恒久的な組織に発達した。
議員である有力者が議会運営のために作った名望家政党が初期の政党である。普通選挙の採用にともない増加した選挙民との結合が困難になると、議会外に多くの党員を持つ大衆政党が出現した。

名望家政党と大衆政党の二つは、上記の政党の二つの起源と重なっている。新しい大衆政党の挑戦を受けて、以前の名望家政党も大衆政党に脱皮した。保守主義、自由主義の政党が名望家政党の形態をとることが多く、社民主義、共産主義の政党が大衆政党の形態をとることが多かった(各国の政党の流れに関しては政党の歴史において)。
アロマ ファッション 外国語 宿泊施設 通信教育 地域情報 しみ取り 投資 コスメ 設計施工 生活雑貨 アロマ 自動車 美容整形 スポーツ 語学 自動車 生涯学習 キャンプ場 美容整形 産業 審美歯科 クレジット 防犯 探偵 運勢 審美歯科 ペット 老人 家電 音楽 海外 寝具 教材 関東 健康 動物園 美容整形 不動産 生命 趣味 クレジット 審美歯科 生活雑貨 老人 健康食品 専門学校 信越北陸 セミナー 公園

現代では、マスメディアの発達によって著名な政治家・政党の意見が直接選挙民に届くようになったため、党組織の役割は低下し、大衆政党もふるわなくなった。人々の関心が国政の長たる首相・大統領とそれら公職への候補個人に集中することで、政党の力はさらに低下したとする観測がある。他にも様々な政党衰退論がある。

だが、政党衰退に導くような現象が社会に浸透して数十年が経過した現在でも、理論的には起きるはずの選挙結果の流動化が起こっていない。先進民主主義国の多数の政党システムは大きな変化なしに推移している。このことを、社会基盤を失った政党が、ただ選挙市場で既得権をもった独占者として生き延びているとして説明するのが、カルテル政党論である。

2009年05月01日

豊臣宗家(羽柴宗家)の所領を勝手

慶長5年(1600年)に三成らが家康に対して挙兵する関ヶ原の戦いが勃発すると、秀頼は西軍の総大将として擁立された、五大老毛利輝元の庇護下におかれた。関ヶ原では秀頼の親衛隊である七手組の一部が西軍に参加したが、東西両軍とも「秀頼公のため」の戦いを大義としており、戦後に秀頼は家康を忠義者として労った。だが、家康はその戦後処理において豊臣宗家(羽柴宗家)の所領を勝手に分配し、秀頼は戦前は日本全国に220万石あった所領の内、大名への預け地となっていた分をとられて摂津・河内・和泉65万石まで減らされ、政権後継者から摂河泉の一大名の立場となる。しかし、蔵入地に関しては存続していたようである(ただし徐々に支配権は幕府の管理に移ってゆく)。

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さらに慶長8年(1603年)、家康が朝廷より征夷大将軍に任じられ、江戸城の普請を行い武家政権構築を始めた事により、秀頼は実質的に権力の座から外され、徳川政権に組み込まれることとなった。豊臣家と徳川家の確執が起るが、同年には秀頼は秀吉の遺言もあり2代将軍徳川秀忠の娘千姫(家康の孫、母は淀殿の妹・於江与)と結婚し、慶長10年(1605年)右大臣となる。京都で秀頼と会おうとした家康は秀頼の上洛を希望するが、生母の淀殿が反対して拒否を続けた。このときは家康が断念し、六男・松平忠輝を大坂城に派遣し、面会させている。慶長16年(1611年)、後陽成天皇が後水尾天皇に譲位すると、ついに秀頼は、「正室千姫の祖父に挨拶する」という名目で、加藤清正・浅野幸長に守られつつ上洛し、京都・二条城で家康との会見を行った。

しかしその後も徳川家に臣従することはなかった。つまり秀頼は、形式的には依然として家康の主筋だったわけである。一方、秀頼にとっては頼るべき存在であった加藤清正・浅野幸長・池田輝政は大坂の陣が始まる前に病死してしまっている。

2009年04月17日

預言者(よげんしゃ)

預言者(よげんしゃ)とは、神と直接接触・交流・対話し、直に聞いた(とされる)神の言葉を人々に伝え広める者のこと。語源や用字については後述を参照のこと。

唯一神との契約を重んじるアブラハムの宗教に特徴的な存在であり、旧約聖書に登場するモーセをはじめとするヘブライ人(ユダヤ民族)の宗教的指導者たちが、原初の預言者たちである。彼らユダヤ教で認められた預言者たちに続いてあらわれた預言者が、キリスト教やイスラム教などの基礎を打ち立てていった。

ユダヤ教における預言者 [編集]
ディアスポラ後のユダヤ教徒たちは、西暦70年にエルサレム神殿が破壊されて以来、預言者はユダヤの民に下されなくなったのだと考えている。

この世に預言者がなくなれば、神との契約は更新されることはありえないとし、ユダヤ教徒はモーセの「旧い契約」に対して、キリスト教で神と結んだ「新しい契約」と主張される新約聖書の内容を認めていない。

ヘブライ聖書における預言者の書の配列 [編集]
ヤムニア会議によってユダヤ教正典と決定されたヘブライ語聖書式の配列では、「トーラー」「ケスービーム(諸書)」の間に「預言者(N?bhī'īm, nevi'im, ネビーイーム)」がくる。「預言書」という表記も見られるが、厳密ではないという意見もある。

前預言者(ぜん―)、前の預言者 (ネビービーム・リショーニーム)
イェホーシュア(リーショーン、シェーニー)(ヨシュア記、上下) Y?hōšua‘, yoshua
ショーフティーム(士師記): Šōpht‘īm, shoftim
シェムーエール(リーショーン、シェーニー)(サムエル記、上下): Š?mū’ēl, shmu'el
メラーヒーム(リーショーン、シェーニー)(列王記、上下) M?lākhīm, melakhim
後預言者(ご―)、後の預言者(ネビーイーム・アハローニーム)
三大預言者
イェシャアヤー(イザヤ書):イザヤ Y?ša‘yāh, yeshaya
イルミヤー(エレミヤ書):エレミヤ Yir?myāh, yirmya
イェヘズケール(エゼキエル書):エゼキエル Y?chezqē’l, yekhezkel
十二の小預言者 (トレー・アサル trēy-‘ǎsar)
ホーシェーア(ホセア書):ホセア Hōšēa‘, hoshea
ヨーエール(ヨエル書):ヨエル Yō’ēl, yo'el
アーモース(アモス書):アモス ‘āmōs, amos
オーバドヤー(オバデヤ書):オバデヤ ‘ôbhadhyāh, 'ovadya
ヨーナー(ヨナ書):ヨナ Yōnāh, yona
ミーハー(ミカ書):ミカ Mīkhāh, mikha
ナフーム(ナホム書):ナホム Nachūm, nakhum
ハバックーク(ハバクク書):ハバクク Chăbhaqqūq, khavakuk
ツェファニヤー(ゼファニヤ書):ゼファニヤ Ŝ?phanyāh, tsfanya
ハッガイ(ハガイ書):ハガイ Chaggay, khagay
ゼハリヤー(ゼカリヤ書):ゼカリヤ Z?kharyāh, zkharya
マルアーヒー(マラキ書):マラキ Mal’ākhī, mal'akhi

キリスト教における預言者 [編集]
キリスト教はユダヤ教の伝統から出現したナザレのイエスの活動から始まる宗教であり、旧約聖書に記された預言者たちをユダヤ教と同様に預言者と認める。ニカイア・コンスタンティノポリス信条では、「聖霊は……預言者をもってかつて語った」と告白する。

キリスト教ではイエス自身を預言者とは看做さず、神の子にして救世主(メシア)(この場合はイエス・キリスト)であると信じる。先の信条の引用から伺えるように、東方諸教会・正教会・カトリック教会・聖公会・プロテスタントといった一般のキリスト教派にとって、預言者とは旧約時代のもの、すなわちイエス以前のものである。したがってこれらの教会は、旧約聖書の預言者や新約聖書に「預言者」として言及されるイエス以前に活動していた若干名以外に、預言者をたてない。預言の活動自体はキリスト教内にも行われ、預言を行う信徒たちは、当時、預言者と呼ばれていたことが、新約聖書文書から伺えるが、教会の慣習としては、それらイエス以降に預言を行うものを預言者とは呼んでいない。

なお、正教会では旧約時代の預言者も聖人とし、「聖預言者」といった称号を付して記憶する。

:Category:正教会の聖人の称号も参照

一方、キリスト教から派生したモルモン教などの新興宗教では、自派の指導者(大管長)を預言者とするものがある。

イスラム教における預言者 [編集]
ユダヤ教とキリスト教を取り入れて誕生したイスラム教においては、預言者(ナビー)は神の言葉を伝えて人々を正しい方向へ導く者のことであり、使徒(ラスール)もほぼ同義に使われる。

イスラーム教は、旧約聖書の預言者たちや、新約聖書のイエス(イーサー)も歴代の預言者として認め、中でもノア(ヌーフ)、アブラハム(イブラーヒーム)、モーセ(ムーサー)、イエス(イーサー)、ムハンマドを「五大預言者」として位置づけるが、イスラームを説いたムハンマドが最高最後の預言者であり、ムハンマドが神から預かり伝えた言葉がすなわちクルアーン(コーラン)であるとみなす。クルアーンはアラビア語によってアラビア人に伝えられた聖典であると同時に神自身の言葉をそのまま伝える唯一の聖典であるから、アラビア人だけでなく全ての人類が受け入れるべき最良の聖典であると考えられている。

バハーイーの預言者 [編集]
イスラーム教シーア派の十二イマーム派から分かれたバハーイー教は、ムハンマドに至るまでのすべてのアブラハムの宗教の預言者たちを認め、バハーイー教の始祖であるバハーウッラーも預言者の列に連なるひとりであるとする。

バハーイー教は、さらにブッダのようなアブラハムの宗教以外の宗教の始祖たちも唯一神の預言者であると説いており、アブラハムの宗教の潮流のみに留まらない普遍的世界宗教の性格を有している。

語源 [編集]
旧約聖書で預言者に対応する最も一般的なヘブライ語はナービー (nabi) である。この語源には様々な説が提示されているが、有力なのはアッカド語起源で「与えられた者」もしくは「語る者」を意味したという説である[1]。

古典ギリシア語では、プロフェーテース (προφήτης, Prophetes) の語があてられた。本来これは「代わりに語る者」の意味であり、この場合は「神の代弁者」の意味を持つ[2]。なお、接頭辞προ- には「代わりに」のほかに「前に」の意味もあることから、「前もって語る人」を語源的意味とする論者もいるが、その場合でも聖書の文脈では「神の代弁者」の意味で用いられていたと断っている[3]。

とはいえ、聖書の預言には、未来を対象とするものも少なからずあるため、「前もって語る人」の側面を含むのも事実である。結果として、この語から派生した英語の Prophet やフランス語の Prophète は、「神の代弁者」と「(聖書と結びついているかに関わらず)未来を語る者」の二通りの意味を持っている(ただし、「未来を語る者」については、英語では Foreteller なども、フランス語では Prédiseur などもそれぞれ用いられる)。

訳語の問題 [編集]
現在の日本語で Prophet に対応しているのが、「預言者」である。これは漢訳聖書の訳語に由来する。清代には、西洋の宣教師らによって複数の漢訳聖書が作られた。18世紀書初頭のジャン・バセ訳(『四史攸編』)や1813年のロバート・モリソン訳(『新遺詔書』)では「先見」の訳があてられたが、19世紀半ばには「預言者」の語をあてるものもあったようであり、1860年代初めに日本人向けに作成されたヘボン訳『新約聖書』(四福音書のみ)では後者に基づいて「預言者」が採用された。[4]

ただし、「預」は「豫」(「予」の旧字体)の俗字であり、中国では「預(あらかじ)め語る者」の意味でしかない。一方、日本では「預」に「預かる」という本来の用法にはなかった意味が加わっていたことから、漢語としての由来を知らぬ者が、プロフェーテースの原義に引きずられて、神の言葉を「預かる」者が「預言者」、未来や人の運勢などを予め語る者を「予言者」と理解した。

本来は「副詞+動詞」という構造であった「預言」という語を、みだりに動賓構造(動詞+目的語)に置き換えることは明らかな誤りであるとしてこれを問題視する見解もあるが[5]、他方で上記のような誤用の経緯をきちんと踏まえた上で、「神の代弁者」と「未来を語る者」とを区別する便宜的な訳し分けとして存続してもよいとする専門家もいる[6]。

現在のウィキペディア日本語版では、「預言」と「予言」の区別は上記の通り本来誤用であることを認識しつつも、辞書類などでも採用されている広く人口に膾炙した区別であることや、上記の通り専門家の中にも是認する者がいることから、「預言者」を「神の代弁者」、「予言者」を「未来を語る人」の意味に用いている。

この区別を踏まえて、ある予言者(例えばノストラダムス)は神の言葉(預言)を聞いた、と解釈する場合に、その予言者を「預言者」と呼ぶことがある。

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